八千代西小学校閉校式八千代西小学校スライド八千代西小学校閉校式「ありがとう八千代西小学校フィナーレ閉校するのはつらいけど」に出席させていただきました。

八千代西小学校は、明治10年原柳小学校創設以来の138年の歴史に幕を閉じられます。
明治6年に永快校、研顕校、精弘校が創設され、上三原、中三原の「原」と、柳山寺の「柳」をとって、原柳小学校と改称合併されて以来、大和尋常高等小学校、大和小学校等と校名は変われども、約2,400名の卒業生を輩出されてこられました。
ここ大和は、赤穂藩筆頭家老大石内蔵助良雄が愛した地です。
この地には、かつて、小学校だけでなく、加西郡大和村役場、大和中学校、農協がありました。
二宮金次郎像は大和の皆様が寄附されたもの。かつて、運動場隅の桜の木の下の土俵では、男の子も女の子も相撲をされました。通学路は一本道、村の皆様すべてが知り合いの地域密着の小学校です。

近隣では、双葉小学校(特別支援学級含み児童数28名)、宇仁小学校(特別支援学級含み児童数65名)、西在田小学校(児童数94名)が耐震化のために校舎を新築され、存続されます。
八千代西小学校は児童数54名。
児童の皆さんの学習環境を最優先に考えての、自治体、地域、親御さんの苦渋の決断でしょう。
地域の皆様、約2,400名の卒業生の皆様、大和を、西小学校を愛する皆様にとっては断腸の想いです。
地域を襲う少子化と地域間競争の時代。
若い世代に働く場所、子どもさんの明るい笑顔がなければ、地域は存続しえません。

在校生の皆さん
八千代西小学校はなくなっても、皆さんの愛する大和の美しい山河に変わりはありません。
「大和っこ」は生き続けます。
皆さんは、約2,400名の卒業生の皆様、地域の皆様の想いのつまった大和の小学校、八千代西小学校を知る最後の人になります。 大和の名を冠した誇りある校章も校歌も、想い出の校舎も、「ここに小学校があった」ということ自体も、いずれは、皆さん以外に語り継ぐ人はいなくなります。
大和の小学校、八千代西小学校を知る最後の人として、皆さんの愛する小学校のことを最後まで語り継いでください。
「大和っこ」の誇りを胸に「さすが大和の子や」といわれるように大きく育ってください。
そして、大和が、皆さんの故郷が、子どもさんの明るい笑顔を、大きな歓声を、残し続けるように、愛し続けてください。

実行委員会の皆様、おにぎり、豚汁、風船の準備に尽力されたPTAの皆様、学校関係者の皆様をはじめ、関係者の皆様のご尽力に心より敬意と感謝を申し上げます。
皆様の涙と想いを決して忘れはいたしません。
大和の血を引く一人として